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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)70号 判決

原告 富士興業株式会社

被告 東京国税局長

代理人 古川敞 深井剛良 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が平成二年七月二五日付けでした別紙自動車目録記載の自動車についての差押処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が行った自動車の保全差押えにつき、原告が、右差押えは、保全差押金額を超えてなされたものであるから違法であると主張して、その取消しを求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)に係る法人税につき、これを不正に免れているとの嫌疑により、平成元年一一月七日、国税犯則取締法に基づく差押え及び領置を受けた。船橋税務署長は、原告の本件事業年度の納付すべき税額の確定後においては、その徴収を確保することができないとして、平成二年二月二日、国税徴収法一五九条一項に基づき、保全差押金額を一四億六二二四万一〇〇円(以下「本件保全差押金額」という。)と決定し、同日、原告に対し、これを通知するとともに、本件保全差押金額について、国税通則法四三条三項に基づき、被告に徴収の引継ぎを行った。

2  被告は、右徴収の引継ぎを受けた後、順次、別紙1差押財産一覧表の財産の表示欄記載の原告の財産を同表の差押年月日欄記載の日に差し押さえ、平成二年七月二五日、別紙自動車目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を差し押さえた(以下「本件差押え」という。)。なお、別紙1差押財産一覧表の順号1ないし10記載の預金については、同年二月一四日、同表の順号25、33ないし35及び39記載の預金を原告から差押財産として提供を受けて、差押えを解除しており、被告が本件差押えを行った同年七月二五日時点における差押財産は、別紙2差押財産一覧表の財産の表示欄記載の財産である。

3  平成二年七月二七日、船橋税務署長は、原告に対し、本件事業年度に係る法人税につき、法人税額(本税額)を一四億五八一七万四五〇〇円とする更正及び重加算税五億一〇三五万九五〇〇円の賦課決定(以下、これらを「本件課税処分」という。)を行った。

4  原告は、本件差押えを不服として、平成二年八月六日、国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、平成五年一二月二一日、国税不服審判所長は、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二  争点

本件の争点は、本件差押えが保全差押金額を超えてなされたものとして違法となるか否かという点であり、この点に関する当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

1  被告の主張

(一) 差押財産の処分予定価額について

(1) 本件差押えを行う時点における差押財産の処分予定価額は、別紙2差押財産一覧表の処分予定価額欄記載のとおりであり、その合計額は一四億一七三七万四四〇二円となる。また、本件自動車の処分予定価額は高くとも一〇〇万円を超えることはない。本件保全差押金額は一四億六二二四万一〇〇円であるから、本件差押えが、保全差押金額を超えてなされたものでないことは明らかである。

(2) なお、差押財産の処分予定価額を原告主張の点等を考慮して再計算してみても、以下のとおり、本件差押え時点における差押財産の処分予定価額は、本件保全差押金額一四億六二二四万一〇〇円を超えるものではない。

別紙2差押財産一覧表の順号33の船橋ファミリータウン内の区分所有建物(以下「本件建物」という。)の評価については、住宅情報誌によれば、本件差押え時点における船橋ファミリータウン内の建物の三・三平方メートル当たりの平均価格は二二六万四〇〇〇円(右価格は売主の希望価格であり、これが規準として高いということはあっても低いということはない。)であり、これに本件建物の坪数を乗じると約五八三二万円となる。本件建物は、滞納者である原告自身が使用しており、滞納処分による公売においては、民事執行による競売における引渡命令等の簡易な手続が定められていないため、建物の居住者が法律上の対抗要件を備えているか否かにかかわらず、一定の借家権割合による借家権価額を控除して当該建物の評価を行うこととされている。また、公売は、一般の任意売買と異なり、いわゆる因縁付の財産の買取りという感情を伴いがちであること、買受代金の即納を建前としていること、その手続が煩さであること等の特殊性があり、通常、その価額は一般の任意売買の価額に比べて低廉となるので、公売の特殊性に伴う一定割合の減価が必要となる。そして、右五八三二万円に、借家権割合を三割とし、公売の特殊性による減価割合を三割として処分予定価額を算出すると、その価額は二八五八万円となり、原告が買受人に法律上対抗できないことを考慮して借家権割合を一割とし、公売の特殊性による減価割合を三割として処分予定価額を算出すると、その価額は三六七四万円となる。

また、別紙2差押財産一覧表記載の各定期預金(以下「本件各定期預金」という。)の利息を考慮しても、本件差押え時点における利息の取立見込額は別紙3記載のとおり、一九六二万一二四三円である。

なお、別紙2差押財産一覧表の順号31の転換社債券の処分予定価額について、本件差押え時点の東京証券取引所における終値八四万三〇〇〇円を基に公売の特殊性に伴う減価割合を一割として算出すると、その額は七五八万七〇〇〇円となる。

以上により、本件差押え時点の差押財産の処分予定価額を再計算すると、本件建物の処分予定価額を二八五八万円とした場合には、その合計額は一四億三七四四万三六四五円となり、右価額を三六七四万円とした場合には、その合計額は一四億四五六〇万三六四五円となり、いずれにしても、本件自動車の処分予定価額一〇〇万円を加えても、本件保全差押金額一四億六二二四万一〇〇円を下回ることになる。

(二) 本件差押えの違法について

本件差押えの二日後に本件課税処分がなされており、別紙2差押財産一覧表記載の財産及び本件自動車(以下、まとめて「本件差押財産」ということがある。)は、本件課税処分に係る国税を徴収するために差し押さえられたものとみなされることとなった(国税徴収法一五九条七項)ところ、本件差押財産の差押えは、国税徴収法四八条一項の禁止する超過差押えに当たらない。

また、仮に、差押えが、差押当時、超過差押えであったとしても、その後、一部の差押解除等によって超過差押えでなくなったときは、その違法性が治癒されるのであるから、現時点において、超過差押えに当たるか否かが判断されるべきである。本件においては、本件差押えの後、被告は、別紙4滞納税額推移表記載のとおり、本件差押財産の取立て等を行い、現在も差押えがなされている財産は、別紙2差押財産一覧表の順号31、33ないし42の財産及び本件自動車であるところ、右の取立て及び本件課税処分後に新たに差し押さえた債権の取立て並びに本件事業年度以後の事業年度の法人税の還付金の充当により、本件課税処分に係る国税の額は別紙4滞納税額推移表記載のとおりに推移し、現在の収納未済額は合計六億六一三一万一一七六円(延滞税を除く)となっているのであって、右金額が、現在も差押えがなされている財産の処分予定価額を上回っていることは明らかである。

2  原告の主張

(一) 差押財産の処分予定価額について

(1) 被告は、本件各定期預金の預金額をもって処分予定価額としているが、銀行の定期預金は、預入元金だけではなくその利息が支払われることは確実であるから、予想し得る利息額も加算して処分予定価額を算出すべきである。被告が現に取り立てた本件各定期預金のうちの二七口については、別表4滞納税額推移表記載のとおり、預入元金合計八億円に対して利息額合計約二六五九万円が支払われたのであり、未だ取立てがされていない本件各定期預金のうちの五口(別紙2差押財産一覧表の順号34ないし38の定期預金、預入元金合計一億四六三二万五〇五一円)についても同程度の割合による利息として四〇〇万円を超える金額の支払が見込まれるのであるから、全体としては、少なくとも三〇〇〇万円の利息額が処分予定価額として加算されるべきである。

(2) 本件建物の処分予定価額についても被告の見積りは不当に低すぎる。原告は、平成元年に、本件建物が存する建物内の二階部分の同一面積の区分所有建物につき、代金六五〇〇万円で買い取る契約をしたものであるが、本件建物は一階部分にあり、その価額は二階部分よりはるかに高額である。そして、本件建物の差押えが行われた平成二年は、なお不動産価額の高騰していた時期であり、本件建物が公売により処分されるとしても、その処分予定価額が六〇〇〇万円を下回ることはない。なお、被告は、本件建物の処分予定価額を算出するに当たり、本件建物に借家人もいないのに借家権割合を減額し、更に公売の特殊性を理由に三割もの減価をしているが、そのような二重の減価をする必要は全くない。

(3) そして、被告の主張する処分予定価額の合計一四億一七三七万四四〇二円に、右利息相当分三〇〇〇万円と本件建物の上乗せ分三一六九万七〇〇〇円(六〇〇〇万円と被告主張の二八三〇万三〇〇〇円の差額)を加算すると、一四億七九〇七万一四〇二円となり、本件保全差押金額一四億六二二四万一〇〇円を上回っているから、本件差押えは、保全差押金額を超えてなされたものである。

(二) 本件差押えの違法について

右のとおり、本件差押えは、保全差押金額を超えてなされたものであり、国税徴収法一五九条一項に違反する違法な差押えである。このことは、被告が平成二年二月一四日に別紙1差押財産一覧表の順号1ないし10記載の預金について差押えを解除したことからも明らかであり、被告の主張するように、別紙2差押財産一覧表記載の財産の処分予定価額が、本件保全差押金額に満たないものであれば、右のような差押えの解除がなされるはずはないのである。

また、被告は、本件差押えの後になされた本件課税処分に係る国税額を根拠に、本件差押えが保全差押金額を超える差押えであっても、その違法性が治癒されるかのような主張をするが、あくまで、本件差押えが保全差押えとして違法か否かによって判断されるべきであり、本件差押えが本件保全差押金額を超えてなされたものである以上、本件差押えは、保全差押えとして違法であるから、そうした違法な保全差押えが国税の徴収のためになされたものとみなすことはできないというべきである。

第三争点に対する判断

一  国税徴収法一五九条は、保全差押えについて規定し、同条一項は、税務署長が保全差押金額を決定した場合においては、徴収職員は、その金額を限度として、その者の財産を直ちに差し押さえることができる旨規定しているところ、原告は、本件差押えが保全差押金額を超えてなされたものである旨主張し、被告主張の本件差押財産の処分予定価額のうち、本件各定期預金及び本件建物の処分予定価額の見積りが低すぎる旨主張する。

原告は、本件各定期預金の処分予定価額については、その利息相当額として三〇〇〇万円を加えるべきである旨主張するが、被告が右加算すべき利息相当額として計算した取立見込利息額(定期預金の満期日までに発生する利息額から源泉徴収される国税及び地方税額を控除した額)の合計額は、一九六二万一二四三円である。また、原告は、本件建物の処分予定価額が六〇〇〇万円を下回らない旨主張するが、その根拠とする原告自身が行ったという取引事例が本件建物の取引価格の規準となるか否か、また、公売の特殊性をどの程度考慮しているのかは必ずしも明らかではなく、被告が住宅情報誌における同種の建物の価格を規準として本件建物の本件差押時の時価を求め、これに借家権割合を一割とし、公売の特殊性による減価割合を三割として計算した場合の価額は約三六七四万円である。

そして、被告の右計算によった場合、いずれにしても本件差押財産の処分予定価額の合計額が本件保全差押金額一四億六二二四万一〇〇円を超えないことは計算上明らかである。

二  ところで、本件差押財産の処分予定価額の点はさておいても、国税徴収法一五九条七項は、同条一項の規定による差押え等があった場合において、その差押え等に係る国税につき納付すべき額の確定があったときは、その差押え等は、その国税を徴収するためにされたものとみなされる旨規定しているところ、本件差押えがなされた二日後である平成二年七月二七日に、本件事業年度に係る法人税につき、法人税額(本税額)一四億五八一七万四五〇〇円、重加算税額を五億一〇三五万九五〇〇円とする本件課税処分が行われたことは当事者間に争いがない。そうすると、本件課税処分がなされた時点で、いわゆる保全差押えとしてなされた本件差押財産の差押えは、本件課税処分により確定した国税を徴収するためにされたものとみなされることになるので、右差押えは、右国税を徴収するためにされた差押えとしての性質を有することになる。そして、差押えが継続的処分であることにかんがみれば、右差押えが違法とされるためには、原則として、国税を徴収するためにされた差押えとして違法であることを要すると解すべきである。

したがって、仮に、本件差押財産の処分予定価額が原告主張のとおり一四億七九〇七万一四〇二円であるとしても、それは本件課税処分に係る国税の額を超えるものではなく、本件差押えが国税徴収法四八条一項の禁止する超過差押えに当たらないことは明らかであるから、本件差押えに本件課税処分に係る国税を徴収するためにされた差押えとして違法な点はないといわざるを得ない。

原告は、本件差押えが違法か否かは、保全差押えとして違法か否かにより判断されるべきであり、保全差押えとして違法であれば、その差押えが国税徴収のためにされたものとみなすべきではない旨主張する。

しかしながら、保全差押えが、差押えとしての実体を全く欠きそれが差押えとして不存在である場合とか、それが無効であるような場合は格別、保全差押えとしていったん有効に成立している以上、右保全差押えは、仮に何らかの瑕疵を帯びていたとしても、その差押えに係る国税についての納付すべき額の確定によって、右国税を徴収するためにされたものになるというべきであるから、そのような差押えとして違法であるといえない以上、これを取り消さないことが国税徴収法一五九条一項の趣旨に照らし、著しく不合理であると認められるような特段の事情がない限り、原則として、これを取り消すことはできないというべきである。そして、本件差押えが不存在といえないことはもちろんであり、前示のとおり、本件差押えが保全差押金額を超えてなされたものか否かは必ずしも明らかではないばかりではなく、仮に、原告主張のように本件差押財産の処分予定価額が保全差押金額を超えることがあったとしても、その超過する金額等からみても重大な瑕疵があるとまではいえないことは明らかであるから、本件差押えが保全差押えとして無効であるとまではいえないし、本件差押えのわずか二日後に本件課税処分がなされていることを合わせ考慮すれば、本件において、本件差押えの取消しを認めないことが、国税徴収法一五九条一項の趣旨に照らし、著しく不合理であると認められるような特段の事情があるということもできない。

したがって、この点の原告の主張は採用できないといわざるを得ない。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件差押えの取消しを求める原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 秋山壽延 竹田光広 森田浩美)

〈別紙 略〉

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